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カンサス (バンド) : ミニ英和和英辞書
カンサス (バンド)
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


カンサス (バンド) : ウィキペディア日本語版
カンサス (バンド)

カンサス(''Kansas'')は、アメリカの代表的なプログレッシブ・ロック・バンド。地名との差別化のため、カンザスではなくカンサスと呼ぶのが日本では一般的である。
日本ではあまり知名度はないが、イギリス主体のプログレッシヴ・ロックをアメリカ的解釈でアーシーかつポップに消化したサウンドで、本国やヨーロッパなどでは高い評価を得ている。アメリカのプログレ、ことにプログレッシヴ・ハードロックに分類されるバンドとしてはパイオニア的な存在である。
1980年1月、初来日公演。大阪、福岡、東京で6公演。招聘元は、ウドー音楽事務所'Kansas'')は、アメリカの代表的なプログレッシブ・ロック・バンド。地名との差別化のため、カンザスではなくカンサスと呼ぶのが日本では一般的である。
日本ではあまり知名度はないが、イギリス主体のプログレッシヴ・ロックをアメリカ的解釈でアーシーかつポップに消化したサウンドで、本国やヨーロッパなどでは高い評価を得ている。アメリカのプログレ、ことにプログレッシヴ・ハードロックに分類されるバンドとしてはパイオニア的な存在である。
1980年1月、初来日公演。大阪、福岡、東京で6公演。招聘元は、ウドー音楽事務所')は、アメリカの代表的なプログレッシブ・ロック・バンド。地名との差別化のため、カンザスではなくカンサスと呼ぶのが日本では一般的である。
日本ではあまり知名度はないが、イギリス主体のプログレッシヴ・ロックをアメリカ的解釈でアーシーかつポップに消化したサウンドで、本国やヨーロッパなどでは高い評価を得ている。アメリカのプログレ、ことにプログレッシヴ・ハードロックに分類されるバンドとしてはパイオニア的な存在である。
1980年1月、初来日公演。大阪、福岡、東京で6公演。招聘元は、ウドー音楽事務所
== バイオグラフィー ==
1969年フランク・ザッパに触発されて、前身である「ホワイト・クローヴァー・バンド」が結成される。しばらくはメンバーチェンジを繰り返しながら活動していたが、1972年ごろにフィル・イハートがイギリスに音楽留学へと行った際、全盛期のプログレッシブ・ロックを目の当たりにし衝撃を受ける。その後、1974年にメジャー・デビューを果たす。同年中に1stアルバム『Kansas』と2ndアルバム『Song for America』を発表。翌年には3枚目のアルバム『Masque(仮面劇)』を発表した。これら3枚はいずれも最終的にゴールド・ディスクを獲得している。
1976年には『Leftoverture(永遠の序曲)』を発表。「Carry On Wayward Son(伝承)」のシングル・ヒットも生まれ、アルバムは同年中に100万枚、1995年までに400万枚を売る大ヒットとなった。
1977年発表の『Point Of Know Return(暗黒への曳航)』からは「Dust In The Wind(すべては風の中に)」が大ヒットし、アルバムそのものも同年中に100万枚、1995年までに400万枚に到達している〔バンド公式ウェブサイトによる〕。
また、ライブ活動も積極的に行っており、毎年のように100本以上のツアーをこなしている。1978年には1977〜78年の3本のツアーで収録した音源をもとに、LP2枚組のライブアルバム『Two for the show(偉大なる聴衆へ)』を発表。翌年に100万枚到達。
1979年には『Monolith(モノリスの謎)』、1980年には『Audio Visions』とコンスタントにアルバムを発表。しかし、ソロとして活動することを決意したスティーヴ・ウォルシュがバンドからの脱退を表明する。
バンドは新メンバーのオーディションを行い、新人のジョン・エレファンテがヴォーカル&ソングライターとして加入する。新生カンサスとして1982年にアルバム『Vinyl Confessions』を発表。先行シングル「Play The Game Tonight」が17位まで上がり、久々のヒットとなる。
1983年の『Drastic Measures』はよりポップでコンパクトにまとめられたアルバムだったが、売上の面では成功しなかった。バンドの象徴的存在だったヴァイオリンのロビー・スタインハートが脱退を表明。その後、バンドはベストアルバムを発売し解散する。
1986年にはスティーヴ・ウォルシュが中心となり、ギタリストにスティーヴ・モーズを迎えるなど大幅にメンバーを入れ替えて再結成され、アルバム『Power』を発表。以降は流動的なメンバー構成で活動を続けており、『Somewhere to Elsewhere』ではオリジナル・メンバー全員でのリユニオンも成し遂げている。
2008年には未発表音源を大幅に加えた発売30周年記念盤の『Two for the show』が発売された。
2009年にはオーケストラと共演したライヴDVD『There's Know Place Like Home』が発売された。旧メンバーのケリー・リヴグレンスティーヴ・モーズもゲスト参加している。
現在もライブ活動を中心に現役で活動中である。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「カンサス (バンド)」の詳細全文を読む




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